- MUSIC I
- タップダンサーのための靴を制作して以来、靴で音楽を奏でるという感覚が三澤の中に生まれた。ときに靴愛好家は靴をバイオリンになぞらえて語ることがある。三澤はバイオリンの構成要素をアッパーのライン取り、鋭く尖った爪先など、靴制作に緻密に採り入れた。その造形は、うっとりするほど美しく、アンティークの雰囲気を漂わせる。また、音楽にあるメロディ、ハーモニー、リズムそして強弱という要素を、革工芸制作で培った様々な技術―染色、金箔、彫刻によって靴に吹き込んだ。楽器のような靴―“Music”を履いて、歩みを進める度に、脳内に音楽が流れる。そのとき、この作品は完成する。
- MUSIC II 2021 edition
- 靴で音楽を奏でるという着想から始まった作品〈MUSICシリーズ〉。本作は、シリーズ二作目の作品として、2018年、デトロイト在住のイラストレーター、DonKilpatrickⅢとのコラボレーションのために制作された「MUSICⅡ」の2021エディションである。オリジナル作品は、アッパーのライン取り、鋭く尖った爪先、三澤が独自に考案した「FiddleStrings」(弦を模したシューレース)など、バイオリンの構成要素を靴制作に緻密に採り入れ、楽器を組み立てるように靴をまとめ上げた。バージョンアップした本作では、レザークラフト感が極端に強まることから、これまで敬遠してきた、いわゆるヌメ革を全面に使用。皮革工芸制作で培った得意の染色を施し、大切に丁寧に愛着を持って扱われてきた古道具や工芸品が放つアンティークの風合いに仕上げた。足を差し入れ、一歩一歩と踏み出す。そのとき、足元から伝わり、脳内に流れ出すのは、ブルーグラスかロマ音楽か、はたまた、、、。オリジナルとはまた違う音楽への空想を掻き立てる2021エディションが誕生した。
- Music III ~ Pianist ~
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2019
French-made leather (beige) French-made leather (black)
Italian-made museum-calf leather (brown)
L300 × W110 × H180
非売品
Collaboration with Henning Schmiedt (Berlin, Germany)
- MUSIC IV - Clarinet
- 「MUSIC IV」は、三澤と親交の深い音楽家、KoyaOgataの楽曲「デナイオトガアル」で用いられたクラリネットの音色からインスピレーションを得て制作された。作品は、楽器と同じく、黒とシルバーの二色使いで、大小と大きさを変えて並ぶシューレースホールは、クラリネットのキイの配列に倣った。優美なシルバーの縁取りは、黒の管体でキラッと煌めくキイの小粋さを湛える。メタル感を出すため、爪先とヒールの一部にスチールを埋め込んだ。機能美と造形美の追求は三澤のものづくりの一貫したテーマだが、本作では、クラシックの靴におけるエレガントを徹底的に探究した。それが最も発揮されているのが、Ogataが楽曲の中で奏でるクラリネットのメロディー、音のうねりや流れを表現した靴の木型であり、その木型から生まれた息を飲むほどの曲線美だ。伝統的な靴作りが持つ確固とした様式という制約の中で、磨き上げた感性とその表現を可能とする熟練した技術により、抽象的なイメージさえも「靴」に具現化できることを、「MUSICⅣ」の流麗な曲線が見事に証明している。コンサートの後、全身で浴びた音の余韻がしばらく体に残るように、「MUSICⅣ」は、吹き込まれ、通り抜けたメロディーの残響をその内に留めている。
- MUSIC V Silence- Sleeping under moonlight
- バイオリン、ピアノ、クラリネット–楽器のパーツから、あるいは楽器の音から受け取った印象を「靴」という形に変え、作品として発表してきた<MUSICシリーズ>。本シリーズの最後を飾るのは、「MUSICⅤ 静寂–月の下で眠る」だ。静寂は無音とは違う。三澤の指す静寂は、虫の声、風の音、木々のさざめき、小川のせせらぎ、耳を澄ませばそこにある、自然界の音だ。その静寂を体感するため、森の中に身を置き、月の下で自ずと浮かんでくるイメージに合わせて、ペンを動かす。奇を衒わず、ゆったりと、ただ身を任せることで生まれたのは、ごくシンプルなブーツだった。月の下で静寂に包まれながら、音の中で眠る。デザインの生まれた環境やそのときの感情をも表現に取り込みたいと考えたとき、インスピレーションを受けたのは、柳宗理がデザインした「因州中井窯」だった。この器を語る上で欠かせない緑、白、黒色の釉薬の配色とバランス、何も足さず、何も引かず、そこに何もかもがあると語られるデザインに着想を得た。その頃、普段扱うことのないエナメルグリーンの革が工房にあったことも不思議な符合で、爪先にエナメルグリーンとブラックの革を配置。ブーツの筒部分には白色のヌメ革を使用し、染色で施したムラが移ろう月明かりを仄めかす。入念に仕上げたアッパーとは対照的に、ソウルとヒールはできるだけ加工せず、素材の質感を残して手を止めた。「静寂–月の下で眠る」、タイトル通り、凛とした静寂でシリーズを締め括った。