「Masamune」

身の回りのあらゆるものを「靴」のフォルムに落とし込めないか– 意識せずともそう考えることが習慣となっている三澤。何かインスピレーションを受けると、半ば無意識にアイディアを考えながらスケッチする。閃いては描き、次へ次へと捲られるページ。日々溜まっていく構想。そのモチーフの中には、大ヒットアニメ「鬼滅の刃」で繰り広げられる戦闘シーンまである。高速で振り回される刀の鋒が描く弧を芸術的だと感じ、いくつもの太刀筋が作り出す動きを、靴のラインとして捕まえようとする人間が、三澤をおいて他にいるだろうか。数年の時が経ち、忘れかけていた当時のスケッチを偶然目にした頃、巡ってきたのが、故郷、仙台が生んだ戦国武将、伊達政宗(1567-1636)をテーマにした作品作りだった。
文武両道。仏教、漢学、文学、帝王学を幼い頃から養われ、能を習い、太鼓も打ち、和歌や茶道に精通していたという政宗。熾烈な戦国時代を生き延び、一代で青葉城を築く。宮城県、仙台といえば独眼竜政宗、現代まで語り継がれる戦国の英雄は、上方の文化を積極的に導入し、荘厳華麗な桃山文化に北国の特性を加えた様式を生み出した。高い審美眼を持つ政宗が呼び寄せた職人の一人が、「御銅師」(現在の彫金工)の号を賜った田中善蔵、今も仙台で歴史を刻むタゼンの始祖である。
大胆で苛烈、竜の如く刀を振るう武将の勇姿を、周囲の度肝を抜く芝居気を、「伊達男」の語源となった華やかさを、政宗が愛した銅で、御銅師の技術を借りて「靴」として表現できないか。
靴作りに必要な革の柔軟性、屈曲性という特性と真逆の、硬く、重く、屈曲しない銅を使って靴を生み出す。それは途方もない挑戦に違いないが、実のところ、日々、五感を総動員し、素材と向き合い、各工程で創意工夫を重ねながら、その手で新たなものを作り上げる、職人の日常の延長でもある。
宮城県で育ち、西洋の伝統的なオーダーメイドの靴職人として経験を積み上げてきた三澤と、仙台で田中善蔵から受け継いだ日本の伝統を守り、第19代タゼン、現代の御銅師として生きる田中善。まるで、政宗公が天から差配したようなコラボレーションが生み出した「Masamune」は、「革が化け」て「靴」になるように、人間が最初に手にした金属と言われる銅を見事に化かした、誰も見たことのない靴だ。
政宗のシンボル、黒兜の上に光る三日月型前立てを表したカーブから流れる、妖しく、艶かしい曲線には美しい鎚目の細工が施され、螺旋状に配置されたストラップが、太刀筋の残像とともに乱世を生き抜いた武将の息遣いを伝える。経年変化の美しさから「虹がね」の異名を持つ銅を素材とし、二人の職人によって命を吹き込まれた「Masamune」は、稀代の武将伊達政宗の精神を宿しながら、その肌に、移ろう景色を永遠に照らし出す。

黒漆五枚胴具足と瑞鳳殿訪問

「御銅師」田中善氏と出会う

松島瑞巌寺訪問

大崎八幡宮訪問

田中善氏との共作

Photo by Kohei Okuyama