- 「ねずみにやられた!」
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2020
French-made leather (layers of leather)
Wood (Inside)
L150 x W90 x H350
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この世に存在するありとあらゆるもの、すべてが、靴のフォルムのレイヤーが重ねられた眼鏡のレンズを通して見ているように見える- 徹底的に靴の芸術性を探求する中で、三澤は自然とこの特殊なレイヤーを手に入れた。レンズ上の靴のフォルムは一定でなく、秩序立って整備された膨大な脳内アーカイブから、自由自在に引き出すことができる。特殊レンズのレイヤーを通して見た、知覚しうるさまざまな対象のイメージや残像が、意識的または無意識に、アーカイブから選択された、いずれかの靴のビジョンとカチッと組み合わさり、一つの像を結ぶとき、三澤のアート作品が生まれる。
オーダーメイドの靴職人として活躍する一方で、美術作品を制作し、発表し続けている三澤。近作「Vehicle」(2019)や「足の巣(Foot’s nest)」(2020)では、近未来的なフォルムとあっと驚くコンセプトで、靴の新たな様式を提示してみせた。新作では一転、原点にたち返り、1900年代の女性用オックスフォードブーツというクラシックな靴を基調としながら、そのエレガントな靴が、アニメでお馴染みのチーズよろしく、ねずみにやられてしまった!-そんな、見る者を破顔させる、ユーモラスな革の彫刻だ。イメージを形作る過程で想起されたのは、数年前にニューヨークのイサム・ノグチ庭園美術館で見た、ノグチの作品の残像だったという。「すべての芸術に対して謙虚であれ。あらゆる芸術にヒントがある」-三澤がアーティストとして心の師と仰ぐ、皮革工芸作家猪俣伊治郎の言葉は、作品制作におけるインスピレーションの源泉だ。新作は、ユーモラスでありながら、その欠損のイメージは、現在世界を揺るがしているものの存在を暗示する。新型ウイルスの感染拡大により、好むと好まざるに関わらず、既存の価値観や生活スタイル、社会システムの転換が求められる中、三澤が伝統の象徴であるブーツをモチーフとし、その優美なラインを生かしながらも大胆に破壊し、作り出した、見たことのない革の造形は、われわれが日々模索している“新たな在りよう”のイメージを、両の手で一つの具象にし、差し出しているかのようだ。
世界を覆う重く暗いイメージを包含しながらも、えもいわれぬ優雅な曲線の美しさとクスッと笑いを誘うユーモアで巧みに彫り上げられた作品には、終わりの見えない困難な状況を、それでも、笑いながら乗り切っていこうという、三澤の希望が込められている。